株式会社ティムス代表取締役社長の若林です。
以前の記事「遠藤章先生の系譜:東京農工大学発ベンチャーの挑戦」では、当社の創薬の源流と研究姿勢についてお伝えしました。
今回は、当社の開発パイプラインの起点となったTMS-007(JX-10)が、どのような経緯で発見に至ったのかをまとめます。
※本ページは、当社の研究開発状況をお伝えするものであり、医薬品の効能・効果を保証するものではありません。記載内容は治験段階の情報を含みます。
当社の研究の出発点は、東京農工大学発酵学研究室で行われていた、微生物由来化合物の探索研究です。
同研究室は、コレステロール低下薬「スタチン」を発見した遠藤章先生(東京農工大学特別栄誉教授・故人)の研究の流れを継ぎ、微生物が産生する生理活性物質の探索と作用解析を続けていました。
蓮見惠司(現・取締役会長、東京農工大学名誉教授)は、遠藤先生とともに、より優れたコレステロール低下薬を見出す研究を長年にわたって進めていました。
しかし、スタチン以上の効果をもつ物質はなかなか見つかりませんでした。その結果、コレステロールを低下させて発症を防ぐというアプローチから、コレステロール低下によって発症を減らすことはできても無くすことはできない、脳梗塞や心筋梗塞の治療に焦点を当てる研究へと方向を転換することにしたのです。
脳梗塞の治療薬候補を見出すため、蓮見らは黒カビの一種 Stachybotrys microspora が産生する物質群に注目しました。この研究の中で見出された化合物群は、のちに「SMTP(Stachybotrys microspora Triprenyl Phenol)」と名づけられます。
SMTP化合物は、血液中の血栓溶解酵素プラスミンの前駆体タンパク質であるプラスミノーゲンに作用する活性を指標に見出されました。
そして、SMTP化合物がプラスミノーゲンに作用することで何が起きるのか、どのようなメカニズムが隠されているか、といったことを丹念に調査。結果、SMTPによりプラスミノーゲンの立体構造が変わり、フィブリンに結合しやすくなり、血栓溶解が促進されることが分かりました。
これらの化合物の中で、血栓溶解作用が高く、各種評価のバランスがよかったものがTMS-007(JX-10)です。
TMS-007についてさらなる実験を進める中で、プラスミノーゲンに対する作用(血栓溶解作用)だけでは説明できない部分が観察されました。
「これは何か他のターゲットにも作用しているのではないか」との仮説を基に東京農工大学で粘り強く解析を行ったところ、TMS-007が可溶性エポキシドヒドロラーゼ(sEH)という酵素を阻害することが明らかになったのです。
sEHは、体内で抗炎症作用を持つ脂質「EETs(エポキシエイコサトリエン酸)」を分解する働きを持っています。TMS-007はこの酵素を阻害することで、EETsが分解されずに維持され、炎症を抑える効果を示すことが確認されました。
このように、TMS-007は血栓溶解作用と抗炎症作用という2つの作用を併せ持つ化合物であることが分かったのです。
TMS-007は、急性期脳梗塞に対し、2つのアプローチをカバーできる可能性を持っています。
ひとつは、発症後にできるだけ早く血栓を溶かして血流を再開させる「血栓溶解」のアプローチ。もうひとつは、炎症を抑えることで、ダメージを受けた脳組織の二次的な損傷を防ぐ「神経保護」に関わるアプローチです。
単一の化合物でこの両方の作用を持つ例は、私が知る限りではこれまで報告されておらず、TMS-007は独自のメカニズムを持つ新しい治療薬候補として位置づけられます。
蓮見と遠藤章先生の17年に及ぶ共同研究と、それに続く蓮見らの独創的で地道な研究は、t-PA(アルテプラーゼ)とは異なる作用機序を持つ新しい急性期脳梗塞の治療薬候補という形で結晶化しました。この奇跡を医薬品として上市することを目指して、2005年、東京農工大学発の創薬ベンチャーとして当社が設立されました。
次回は、TMS-007(JX-10)が、動物実験や臨床試験などの治験の中で、さまざまな出会いに支えられて成長してきた歴史を紹介いたします。